大判例

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最高裁判所大法廷 昭和42年(オ)1032号 判決

上告人

寺本福千代

代理人

酒見哲郎

被上告人

和歌山県

代理人

真田重二

復代理人

山本光弥

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人酒見哲郎の上告理由第一点について。

記録によれば、本訴は、被上告人が互建設工業共同企業体との間に締結した請負契約を解除したことによつて同企業体の蒙つた損害の賠償を、上告人が原告として訴求するものであるところ、原審は、上告人が本訴につき当事者適格を有しないことを理由に、次のように説示して、本件訴を不適法として却下した。

すなわち、互建設工業共同企業体は、和歌山県知事の発注にかかる七、一八水害復旧建設工事の請負及びこれに付帯する事業を共同で営むことを目的とし、上告人ほか四名の構成員によつて組織された民法上の組合であり、その規約上、代表者たる上告人は、建設工事の施行に関し企業体を代表して発注者及び監督官庁等第三者と折渉する権限ならびに自己の名義をもつて請負代金の請求、受領及び企業体に属する財産を管理する権限を有するものと定められているものである。しかるところ、右企業体は民法上の組合であるから、訴訟の目的たる右損害賠償請求権は組合員である企業体の各構成員に本来帰属するものであるが、上告人は、前示組合規約によつて、組合代表者として、自己の名で前記の請負代金の請求、受領、組合財産の管理等の対外的業務を執行する権限を与えられているのであるから、上告人は、自己の名で右損害賠償請求権を行使し、必要とあれば、自己の名で訴訟上これを行使する権限、すなわち訴訟追行権をも与えられたものというべきである。したがつて、本件は、組合員たる企業体の各構成員が上告人に任意に訴訟追行権を与えたいわゆる任意的訴訟信託の関係にあるが、訴訟追行権は訴訟法上の権能であり、民訴法四七条のような法的規制によらない任意の訴訟信託は許されないものと解すべきであり、上告人が実体上前記の権限を与えられたからといつて、これが訴訟追行権を認めることはできず、上告人は、本訴につき当事者適格を有しないというのである。

ところで、訴訟における当事者適格は、特定の訴訟物について、何人をしてその名において訴訟を追行させ、また何人に対し本案の判決をすることが必要かつ有意義であるかの観点から決せられるべきものである。したがつて、これを財産権上の請求における原告についていうならば、訴訟物である権利または法律関係について管理処分権を有する権利主体が当事者適格を有するのを原則とするのである。しかし、それに限られるものでないのはもとよりであつて、たとえば、第三者であつても、直接法律の定めるところにより一定の権利または法律関係につき当事者適格を有することがあるほか、本来の権利主体からその意思に基づいて訴訟追行権を授与されることにより当事者適格が認められる場合もありうるのである。

そして、このようないわゆる任意的訴訟信託については、民訴法上は、同法四七条が一定の要件と形式のもとに選定当事者の制度を設けこれを許容しているのであるから、通常はこの手続によるべきものではあるが、同条は、任意的な訴訟信託が許容される原則的な場合を示すにとどまり、同条の手続による以外には、任意的訴訟信託は許されないと解すべきではない。すなわち、任意的訴訟信託は、民訴法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り、また、信託法一一条が訴訟行為を為さしめることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし、一般に無制限にこれを許容することはできないが、当該訴訟信託がこのような制限を回避、潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める合理的必要がある場合には許容するに妨げないと解すべきである。

そして、民法上の組合において、組合規約に基づいて、業務執行組合員に自己の名で組合財産を管理し、組合財産に関する訴訟を追行する権限が授与されている場合には、単に訴訟追行権のみが授与されたものではなく、実体上の管理権、対外的業務執行権とともに訴訟追行権が授与されているのであるから、業務執行組合員に対する組合員のこのような任意的訴訟信託は、弁護士代理の原則を回避し、または信託法一一条の制限を潜脱するものとはいえず、特段の事情のないかぎり、合理的必要を欠くものとはいえないのであつて、民訴法四七条による選定手続によらなくても、これを許容して妨げないと解すべきである。したがつて、当裁判所の判例(昭和三四年(オ)第五七七号・同三七年七月一三日言渡第二小法廷判決・民集一六巻八号一五一六頁)は、右と見解を異にする限度においてこれを変更すべきものである。

そして、本件の前示事実関係は記録によりこれを肯認しうるところ、その事実関係によれば、民法上の組合たる前記企業体において、組合規約に基づいて、自己の名で組合財産を管理し、対外的業務を執行する権限を与えられた業務執行組合員たる上告人は、組合財産に関する訴訟につき組合員から任意的訴訟信託を受け、本訴につき自己の名で訴訟を追行する当事者適格を有するものというべきである。しかるに、これと異なる見解のもとに上告人が右の当事者適格を欠くことを理由に本件訴を不適法として却下した原判決は、民訴法の解釈を誤るもので、この点に関する論旨は理由がある。したがつて、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、更に本件を審理させるためこれを原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官松田二郎は退官につき評議に関与しない。(石田和外 入江俊郎 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 田中二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 松本正雄 飯村義美 村上朝一 関根小郷)

上告代理人の上告理由

第一点 原判決は法令の解釈を誤つたもので破棄を免れない。

一、上告人に当事者適格がないとした原判決の理由は、「民事訴訟法四七条によらない任意的訴訟信託は許されない」という形式論理を示すだけである。

勿論このことは抽象的理論としては正しい。しかし本件の場合、事案に則して((互))建設工業共同企業体(以下企業体という)の分析を怠つたところに原判決の致命的欠陥を見出すことができる。

二、企業体は昭和二八年一〇月三〇日、被上告人の指導のもとに一〇の土木請負業者が集つて、七・一八水害復旧建設工事の請負を目的に設立された組合である(甲第一号証、第一審での上告人本人尋問の結果を参照)。企業体は対外的業務執行者を上告人と定め上告人に企業体を代表して、発注者及び監督官庁等第三者と接衝する権限と、自己の名義をもつて、請負代金(前渡金及び部分払金を含む)の請求受領及び企業体に属する財産を管理する権限が与えられた(企業体の協定書〔甲第一号証〕第六、七条参照)。

この権限授与が適法であることは次の学説、判例によつて明らかである。

「数人の者が共同の事業を営むに当つて、対外的業務執行を専ら組合員中の一人または少数の者の名においてなすべきものと定めることもありうる。いわゆる内部組合がこれである。かような関係も内部的には全員の事業とされ、全員は事業の経営に参画し、少くとも監視権を有し、損失の分担を定め、利益の配当にあずかるのであるから、尚これを組合の一種とみるべきであることは前述した。」我妻栄債権各論中巻二・七九三頁、判例・大判大正六・五・二三民録二三輯九一七頁。

三、企業体が右の内的組合に当らず、組合の権利義務がすべて組合員に帰属する普通の組合で、ただ上告人に自己の名義でこれを管理する権限――即ち、自己の名で組合員の権利義務を行使し、その効果を直接に組合員に帰属させる権限を――与えた場合であるとしても、そのような授権が適法有効であることも学説(我妻・前掲七九五頁)判例(大判昭和一一・一・一四民集一五巻一頁)の肯認するところである。

四、このような業務執行権を与えられた組合員の対外的行為の中に、訴訟行為を含ませるのが正当である限り、その組合員は自己の名義で訴えまたは訴えられることができるとしなければならない。

学説

我妻前掲七九六頁、宗宮信次・債権各論・三〇八頁、中村英郎・民商法雑誌四八巻四号五九三頁(任意的訴訟信託について積極)、三ケ月章・民訴法(全集)一八七頁(原則として任意的訴訟信託を無効とし、例外として弁護士以外の者の訴訟代理業禁止の原則を脱法的に潜脱するおそれがなく、信託法一一条に反しないとき任意的訴訟信託を肯定、これと同旨菊井=村松・民訴法Ⅰ一四八頁)

判例

・会長に医師会を代表させる規定のある場合、会長はその名において訴訟委任ができる(大判大正四・五・二六民録二一輯八一三頁)・組合契約により、組合に属する権利を業務執行者の名において組合のために行使させることを約するのは適法であつて、業務執行者はこれに基き自己の名で組合のため訴訟することができる(大判大正四・一二・二五民録二一輯二二六七頁)

・全講員から講長に選任され、講金の取立その他一切の講務を処理する権限を与えられたときは自己の名において掛金の請求ができる。(大判昭和一一・一・一四民集一五巻一頁、大判昭和一一年一二月一日民集一五巻二一二六頁、最判昭和三五・六・二八民集一四巻一五五八頁)

・その他同旨の裁判例として判例体系13Ⅳ三一九頁以下参照

従つて本件においても、上告人には自己の名において訴を提起する適格があるといわなければならない。

そうして、上告人に当事者適格を認めても、弁護士以外の訴訟代理禁止の原則に違反したり、信託法第一一条に違反することが窺知できる点はないから、この点においても、三ヶ月又は菊井=村松の各学説の例外として上告人の当事者適格を肯認してもよいし、我妻説によるときは当然これが認められることはいうまでもない。

五、原判決が援用している最判昭和三七・七・一二の判決の先例的価値は民法上の組合の清算人にとどめるべきであり、上告人が企業体の清算人でないことは多言を要しない。

右判例が、本件のような場合にも、先例的価値があるとしても、原判決のように一律に平面的に適用すべきではない。即ち、民法上の組合といつても、極めて個人的色彩の濃厚な私的結合から、単に法人格をもたないだけの社団的結合に至るまで種々の段階があることに留意すべきであつて、原判決のように、このことを無視して、事件を形式論理のもとに斬り捨てることは、事案の真相を無視するも甚しいといわなければならない。

本件の企業体は、どちらかといえば、個人的色彩の濃厚な組合であつて、その実体は上告人の個人事業と大差がなく、第一審の上告人本人尋問の結果によると、被上告人が、上告人に命じて、いわばトンネル組合のような企業体を創らせたことが窺知できる。したがつて、民訴法四六条によつて企業体自身が原告適格を有するかどうか極めて疑わしく、むしろ組合員全員が原告となるべき事案である。このような場合、上告人に当事者適格を肯認することが、総組合員の意思及び利益に合致することは勿論であつて、当事者適格を認めることにより生ずる前述の弊害は全くないとしなければならない。

六、以上の次第で、本件は右最判昭和三七・七・一二の判決を適用すべき事案ではなく、むしろ最判昭和三五・六・二八の判決の趣旨によつて上告人に当事者適格を認めるべき事案といわなければならないから、原判決はこの点で破棄されるべきである。

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